
博多の総鎮守として、祭りの舞台として、日頃全体的に明るい光に包まれる櫛田神社は、逆に光を抑え明暗をつくり、奥行き感を出します。入口階段の狛犬、拝殿前、拝殿内の3体の御神体などに光をあて、それ以外のエリアは光を落とし、「明」「暗」が交互に登場。いつもとは違う櫛田神社の雰囲気を味わうことができます。
鳥居に掲げられた「櫛田宮」、楼門に掲げられた「威稜」、そしてシンボルでもある赤く大きな提灯が闇に浮かび上がるような光を創り出しました。楼門をくぐると右側に「手水舎」あり、軒を照らすスポットの反射光を受けながら、身を清め本堂へ。心を鎮め、「お櫛田さん」に向き合う時間を演出します。
豊臣秀吉の太閤町割りによる復興の際、戦国時代の戦火による焼け石や焼け瓦を埋め込んだ土塀が町中に作られました。そんな博多の歴史を伝える「博多べい」が櫛田神社にも移築されています。下から光をあてることで、手前の植栽のシルエットが浮かび上がり、昼間と違う博多べいの存在感を生み出しています。
櫛田神社奥には閑静な空気に包まれる、朱色の鳥居と石畳が連続する「注連懸稲荷神社」と、茶室と庭園を持つ「織田茶寮」があります。日本の伝統色の美しさと温もりを感じさせる鳥居の光や、壁面に水紋が映し出される茶寮前の池の光など、回遊しながら幻想的な雰囲気を心ゆくまで堪能できます。
天皇陛下の勅使をお迎えするための門である勅使門には、十六菊の家紋が配され、両サイドからこの紋に光をあてることで、より厳粛な雰囲気を醸し出します。また、勅使門前の塀と山門に向かう塀には、山笠をモチーフにした影絵が登場。大小さまざまな影やカラーを組み合わせることで祭りのにぎわいや楽しさを表現しています。
開創750年を記念して、昭和28年(1953年)に解体された開創時の仏殿を復元。重層入母屋造の唐様仏殿は、曲線を描く屋根の形状と軒先の均一に並ぶ垂木、それを支える組み物が美しい。その繊細な造りを一層際立たせる光を下部から与え、より幻想的なシーンを創り出します。
ライトアップウォーク時にのみ拝観できる泉水庭は、洗濤庭から住職の居室である方丈を通り抜けた奥に広がります。庭園内の木々、灯籠、庭石そして背景に生い茂る常緑樹の緑のコントラストを生かした光が庭の穏やかな静寂を際立たせ、水路沿いの小さな光が「流れ」を創出します。
手前の白砂を玄界灘、奥の緑庭を中国と見立てた洗濤庭。大陸と博多の交流の歴史を今に伝え、その閑静な佇まいは昼までも都心にいることを忘れさせてくれます。ブルーのグラデーションの光に彩られる夜の洗濤庭は一層ロマンに満ちあふれ、言葉にできない感動に包まれることでしょう。
通常は足を踏み入れることができない開山堂。小さな門をくぐり、苔むした地面にまっすぐ延びる石畳の参道脇には、五色の博多織をイメージした布を巻き付けた筒状の「五色灯籠」に光が灯ります。開山堂の中をのぞくと、年に一度しか拝観できない聖一国師の像が鎮座しています。
本堂前方に立つ六角堂は福岡市指定文化財であり、九州では大分県国東の国宝・富貴寺とここでしか見られない珍しい本瓦行基葺きの屋根を持ちます。随所に卓越した技術が見られる六角堂の上部を照らし上げ、建物全体のボリューム感を創出。LEDのスポットライトの光を受けた内部の仏像の繊細かつ優美な姿も見逃せません。
東長寺の正面玄関となる山門は、昭和55年の修理の際、黒田藩の紋藤巴を入れた本瓦で葺き替えられています。中央に掲げた文字を明るく照らし上げ、来訪者を招き入れる正面玄関にふさわしい光のゲート空間の両サイドには、二体の仁王像が堂々たる姿でお出迎え。これから広がる光の世界への期待が高まります。

山門をくぐると開山堂、方丈へと園路が続きます。壁面には左右から対照的に光があてられ、明と暗が交互に現れる園路を歩いていると、これから出会う光の感動が徐々に増していくようです。
脇に老木が切り立つ切妻造本瓦葺の四脚門は、昭和56年の修理時に棟札の写しが発見されたことで、宝暦2年(1752年)に建設されたことがうかがえます。その歴史ある山門をアッパーライトで明るく華やかに照らし、訪れた人々を温かく歓迎します。
かつて美しい姿で元や明にまで知れ渡っていた高楼「呑碧楼」の名をたたえる本堂。今回は間接照明を室内に設置、やわらかい窓明かりが闇夜に浮かび上がり、優美でやさしい佇まいが姿を現します。また博多べいやういろう発祥の地の碑、お地蔵様などの光にも注目してください。
棟札の写しから嘉永6年(1853年)の造作が推定できる開山堂は、水月庵という塔頭を改造したと伝えられています。低木の下から漏れる光、開山堂壁面を照らす光、樹木の枝葉を照らす光とそれぞれ光源を使い分け、重厚な木造建築が幻想的な姿で秋夜を彩ります。